◇フロンティア・テクノロジー本部フロンティア戦略グループ研究員・元村和史
これまで3回の連載記事では、宇宙と建設におけるデジタル技術の重要性や、その具体の動向としてデジタルツインについて述べてきた。デジタルツインに統合されるデータの一つに、人工衛星によって地球を撮影した画像データ(衛星データ)がある。この種のデータはさまざまな用途に用いられるものとして、近年、身近になりつつある。
□地球撮影した「衛星データ」、アクセス・利便性が向上□
美しい地球の画像は、国際宇宙ステーションから宇宙飛行士が撮影するだけでなく、人工衛星に搭載されたカメラなどのセンサーを用いて行われることもある。これら人工衛星のセンサーの種類には、一般的なカメラに近い画像を得る光学センサーや、マイクロ波を地表面に照射し、その反射波を観測するSARセンサーなどがある。
各国政府が主導して人工衛星を開発して打ち上げてきた時代には、こうした衛星データは限られた行政機関や研究者のみが利用していた。その原因としては、衛星の数が少なかったことや衛星データ自体が高額であったことなどから入手が困難であった点が挙げられる。しかし、最近では民間企業がビジネスとして衛星を打ち上げる時代となり、データへのアクセス性向上や低コスト化により、より身近なデータとして流通し始めている。
民間企業が打ち上げている衛星は、主として小型かつ安価な人工衛星であり、数十機以上の衛星を打ち上げ、コンステレーション(衛星の一群)の構築により高頻度な観測を目指している。今後数年のうちに衛星の数は増加する計画となっており、利用可能な衛星データの数はさらに増えることが期待できる。
また、これまではデータのサイズが大きい衛星データを扱うには高性能な計算機が必要だったが、近年では汎用(はんよう)的に利用可能な計算機の性能向上と低価格化により、個人でも衛星データを扱えるようになってきている。欧州宇宙機関(ESA)ではWebブラウザーからSentinel衛星シリーズの衛星データへアクセスし、解析できるツールの提供等が行われており、より簡単に衛星データを扱えるような仕組みも整えられてきている。
さらにOrbital Insight社などの衛星データの解析サービスを専門的に行う企業も登場するなど、民間による衛星データのビジネス化の動きは活発化しており、衛星データはより身近なものになりつつある。
□建設分野でも活用に広がり、施工管理やメンテナンス効率化□
衛星データのビジネス化のトレンドは、建設分野における活用の幅も広げている。衛星データを用いることで、ドローンや航空機よりもはるかに広い領域の状況を定期的に把握できる。例えば、造成工事のための森林伐採状況や、切盛土の施工状況は衛星データからも確認することができるため、広大な建設現場の進捗(しんちょく)管理や違法な建築行為の発見を効率的に行える。
また衛星データを解析することで、単純な写真として利用する以上の情報を得ることもできる。衛星データの解析手法の一つに、地盤の変化をミリメートルオーダで計測するInterferometric SAR(InSAR)という解析手法がある。このInSAR解析を行うことで建物や高速道路、鉄道などインフラ設備のある地面の変化を捉え、変動量の大きい部分のインフラ設備を優先的に検査するなど、メンテナンスの効率化を図ることができる。
こうした衛星データで捉えられる領域は数十キロメートル四方以上のサイズになるが、利用可能な衛星データ量が膨大に増えていく中で、解析者が手作業で建設作業の進捗などの変化を捉えることは現実的に難しい。このため衛星データから得られる情報を定量的かつ自動的に把握する試みも行われている。IT関連企業のSIGNATEでは、都市計画などに役立てるため、衛星データから新たに建てられた建物を検出する機械学習アルゴリズムを作成し、その性能を競うコンペティションを行っている。今後、最新のデータ解析手法の衛星データへの適用は拡大していくとみられ、建設分野においてもさらなる活用の広がりが期待できる。
□「衛星データ」のさらなる活用へ、多種多様な異分野間の連携を□
このように衛星データは身近なものになりつつあるが、そこからどのような情報抽出を行うかは、衛星データの知識だけでは不十分だ。例えば、施工プロセス等の実務上の視点で考える、あるいは、衛星データに機械学習手法を適用する際、衛星データの特性を理解した上で最適なアルゴリズムやデータセットを用いる必要があると考えられる。
今後、衛星データをより活用していくためには、建設分野を含めたビジネス領域や、機械学習分野のような技術領域などの多種多様な異分野間の連携を具体的に図っていくことが重要である。
(もとむら・かずし)衛星リモートセンシング関連組織で衛星データ解析や技術調査、外航海運関連企業で事業部門へのAI技術導入などに従事。三菱総合研究所では現在、宇宙・海洋・AI領域の調査研究や技術導入プロジェクトなどを担当。
次回は12月14日付掲載予定