20XX産業変革の潮流/野村総合研究所/カーボンニュートラルと建設業・2

2023年3月15日 ニュース

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◇サステナビリティ事業コンサルティング部カーボンニュートラル戦略グループコンサルタント・安江夏也
前回解説した通り、温室効果ガスの排出抑制は人類が克服すべき待ったなしの課題であるという共通認識が定着し、建設業界でもカーボンニュートラル(CN)な社会を目指す動きが世界的に加速している。建設事業者が削減施策に投資し、排出削減を進めるには、その努力や成果を評価する制度設計が重要になる。国内ではこれまで、公共調達における脱炭素の議論が十分になされておらず、特に公共工事が全体の約65%(工事高ベース)を占める土木分野では、二酸化炭素(CO2)排出削減の動きは後れを取っていた。
そうした中、欧米を中心とする脱炭素先進諸国からの潮流を受け、国内の土木分野でも低炭素化の検討を進める自治体や事業者が増えつつある。本稿では土木分野のCNに向けた動きとして、国内外の制度動向とともに、建設事業者が今後どういった対応を進めていくべきかを考察する。

□土木分野の脱炭素対応、評価制度でCO2排出削減□
低炭素化に向けた公共入札については、オランダが先行的な動きを見せている。入札者の提案に含まれる環境配慮要素を金銭価値に換算し、これを入札者の提示価格から割り引いた額を最終的な入札価格として採用。各事業者の削減努力を定量的に評価する制度を導入している。
本制度では、2段階の定量評価が行われる。まず、〈1〉事業者の排出削減目標やイニシアチブへの参加状況等についてチェックリストを設定し、入札者を5段階で評価。その結果に応じ、入札者の提示価格から1~5%割り引く。
その後、〈2〉資材ごとの生産から廃棄までの環境コストを集約したデータベース(DB)に基づき、工事全体のライフサイクルアセスメント(LCA)を計算し、その結果に基づいて、こちらも提示価格から最大5%引く。つまり、〈1〉の入札者の環境パフォーマンス、〈2〉の当該工事に使用する資材の低炭素化度合いによって、提示価格から最大10%引かれた価格が入札価格として採用され、競争入札で有利に働く仕組みとなる。
米国や英国でも、オランダと同様のインセンティブ付与の動きがみられる。サードセクター等による建設資材に特化したLCAのDBを用い、建設事業者のCO2排出量・削減量の算定結果に基づき加点する。欧米全域では資材メーカーが自社製品のLCAを算定し、第三者機関の認証を受けた上で登録するEPD(環境製品宣言)制度の普及も進む。
欧米各国では公共工事でのBIM/CIMの使用を義務化し、資材や燃料の種類・数量はコンピューター上で管理されている。EPDの排出原単位データはBIM/CIM上のデータとひもづいているため、事業者は排出量・削減量の算定に必要なデータを容易に取得できるようになっている。

□対策評価し入札時に加点、インセンティブには不十分な可能性も□
欧米各国の動きを受け、国内でも一部の先進的な発注機関が、削減施策に対して入札時に加点する仕組みを導入しつつある。国土交通省の中部地方整備局は、2021年度から「カーボンニュートラル対応試行工事」を開始。入札契約の1次審査(満40点)で、低炭素型建機の施工実績のほか、CO2削減目標などを示して第三者機関の認定を取得している場合に1点を加点する。2次審査では技術提案の際、建機・資材に関する排出削減施策の提案も認め、満60点の技術提案加算点のうち、最大10点の加点を行う。
また、北海道、札幌市および北海道開発局は昨年度、「北海道インフラゼロカーボン試行工事」を開始。工事完了後の成績評定(満100点)で、排出削減を実施した場合に1点が加点される。
これらの調達制度は、実施地域の建設業のCNへの意識醸成につながるといった点で有効だ。他方、いずれの制度も全評点に占める加点割合は海外事例と比べて小さく、施工業者にとって十分なインセンティブとして働いていない可能性がある。また、削減活動による削減量の可視化ができていないことから、各事業者の削減努力を横並びで比較できず、施主側も適切なインセンティブを付与しづらい状況にある。

□現場の排出削減を推進、定量的な評価手法確立へ□
前述の通り、欧米はBIM/CIMの導入が進み、資材や燃料の種類・数量をコンピューター上で管理する事業者が大半である一方、国内では特に中小の事業者において、資材や廃棄物関連のデータを紙媒体あるいはExcel等で管理しているケースがみられる。また、一つの現場に複数の業者が関与するため、建機の燃料消費量などを元請が一括して収集できていない現状もあり、現場での資材・燃料の使用量の正確な把握が困難になっている。
また、国内ではEPD等の資材メーカーによるLCAの算定が普及していない上、建設資材に特化したLCAのDBの整備も進んでいない。環境負荷の少ない製品に認証を与える「エコマーク認証」やこれを活用した「グリーン購入制度」が広く普及しているが、これらはあくまで一定の基準値を上回った製品に認証を与えるものであり、算定に必要な排出原単位のデータを取得するのは困難だ。
このような状況を鑑み、国交省は昨年10月、諸外国の取り組みを参考に、削減活動の定量的な評価手法を確立し、現場の排出削減を推進する方針を打ち出した。削減量の可視化に向け、資材や燃料のLCAを計測・評価する枠組みや登録制度の必要性も指摘。LCAの整備が進み、現場での排出量・削減量が可視化され、入札時に横比較できるようになれば、現在試験的に取り組む環境対策への加点の割合が欧米の水準まで押し上げられる可能性や、受注者に一定量以上の排出削減を義務化する自治体が出てくる可能性もある。
国交省の方針を踏まえると、建設事業者は施工現場での削減施策の可視化に備える必要があるだろう。まず、現場の活動量データの管理・把握を進めることが重要だ。これまでは会計上の観点から燃料や資材の購入量・使用量を管理していた事業者も、排出量算定のためにより精緻にデータを取得する必要がある。
欧米に続き国内でも、国交省が23年度からすべての公共工事でBIM/CIMを原則適用する。現場業務が逼迫(ひっぱく)する中で、BIM/CIMによって現場データを管理し、デジタルツールを活用した業務効率化を進めつつ、排出量・削減量の算定に備えることが有効だろう。
また、建設資材を扱う事業者は、エコマーク等の基準認証を取得するだけでなく、自社製品のLCAの算定・登録に向けた準備を進めることで、排出量・削減量の可視化を求める施工業者から自社製品が選ばれやすくなる可能性がある。可視化を前提とした排出削減の取り組み拡大に向け、準備を進めることが重要だ。
(やすえ・なつや)野村総合研究所でエネルギー・インフラ業界における調査分析・コンサルティングに従事。現在は、製造業・建設業など、多様な業界の民間事業者の事業戦略策定・新規事業開発に携わる。
次回は3月29日付掲載予定