地域にゆかりのあるコンテンツをハード施設と組み合わせ、地域活性化につなげる取り組みが広がっている。近年、漫画やアニメ作品のファンが舞台となった地域を訪れる、いわゆる「聖地巡礼」が一般化。そうした動きに呼応する形で東京・葛飾区は「こちら葛飾区亀有公園前派出所(こち亀)」がテーマの観光拠点施設を整備している。2020年に「トキワ荘マンガミュージアム」を開設した東京・豊島区は、周辺の回遊促進や空き家問題の解決を模索。いかに効果を波及し、継続的なにぎわいを生み出すか--。関係者による模索が始まっている。
□人気コンテンツ×聖地巡礼□
実在のスポットを描いたコンテンツは古くから存在し、現地に足を運ぶ人はいたが、規模が大きく拡大したのは2000年代となる。京都アニメーション(京都府宇治市、八田英明社長)が「らき☆すた」(07年)や「けいおん!」(09年)など緻密な背景描写が特徴の深夜アニメ作品を立て続けに制作し、聖地巡礼旅行が一気に広まった。
「けいおん!」は高校生バンドが題材の作品。米建築家のウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880~1964年)が設計、竹中工務店が施工を手掛けた、旧豊郷小学校(滋賀県豊郷町、37年竣工)が舞台だ。ファンらに愛された校舎は現在も町の複合施設として保存され、11年からは高校生バンドの全国コンテストが開かれるなど地域活性化に一役買っている。
近年はシーステイション(東京都国立市、丸亮二社長)が制作し、キャンプがテーマのアニメ「ゆるキャン」(18年)が人気で、舞台となった山梨、長野、静岡各県では広域観光の軸として機能している。同作品は長島ダム(静岡県川根本町)をはじめ、ダムやトンネルといった土木構造物が重要なスポットになっている点も特徴だ。
□こち亀×観光拠点□
葛飾区は漫画・アニメと連動した観光拠点施設を新築している。週刊少年ジャンプに連載された、こち亀で全国的な知名度を誇る同区は、2005年に主人公の「両津勘吉(両さん)像」をJR亀有駅前に設置するなど、こち亀と連動した地域活性化を模索。16年の連載終了を契機に、恒久施設の建設に乗り出した。
計画地は亀有駅南口からショッピングモール「アリオ亀有」に向かう最短ルート上に位置し、普段から人通りが多い。駅から真南に延びる商店街にも近く、施設を拠点とした商店街への誘客回復にも期待がかかる。
展示は全体を一つの物語でつなぎ、来館者が1階から順に流れを追っていく構成となる。建物は5階建てで、1階の外観は漫画で見慣れた派出所と同じ。ただ2階以上は漫画のこま割りのような形の部屋が、不規則に積み重ねられている。両さんが派出所の上に、自分の記念館を勝手に作ってしまったのだという。来館者は上司の大原部長の依頼で、逃げ出した両さんを追いかけて館内を巡る形となる。
来館者は階を上りながら、周辺の魅力を紹介する館内展示を順に楽しむ。区はゲーム要素やデジタルコンテンツも多用し、五感を使って亀有エリアの理解を深めてもらえるような展示を計画。こち亀の世界観を保ちながら、ユニバーサルデザインや多言語対応にも気を配る。
建設中の建物はRC・S造5階建て延べ540平方メートルの規模。基本・実施設計は久米設計が手掛けた。施工は建築工事をトーヨー建設、機械設備工事を洞田貫設備工業(葛飾区)、電気設備工事は高野電気工業(同)が担当。10月の竣工、24年度中の開業を目指す。
□トキワ荘×まちづくり□
豊島区による漫画をキーワードとしたまちづくりの拠点、トキワ荘マンガミュージアム(南長崎3の9の22)。来館者数は2020年7月の開業後3年間で約12・8万人に達した。
トキワ荘は巨匠・手塚治虫(1928~89年)をはじめ、多くの漫画家が青春時代を過ごした伝説のアパート。元の建物は老朽化により82年に解体された。区は文化施策の一環で、建物を近隣の公園内に再建。整備に当たっては設計者の丹青社、施工者の渡邊建設と強力に連携し、文献や写真を詳しく調査した。外観の汚れやさび、きしむ階段などのディテールも忠実に再現している。
1階には企画展示室やマンガラウンジを設置。約1500冊の漫画を所蔵し、来館者が自由に閲覧できる。2階は常設展示室で、漫画家が暮らした4畳半の居室や共同炊事場などを再現した。
区は施設を拠点に、周辺エリアの活性化や空き家の利活用にも力を入れている。同施設に面するトキワ荘通り(南長崎通り)にはミュージアムグッズが購入できる「トキワ荘通りお休み処」や、関連書籍を閲覧できる「トキワ荘マンガステーション」を開設。22年には漫画やアニメ、昭和をテーマとした企画展を開催する「トキワ荘昭和レトロ館」もオープンした。
いずれも空き店舗など、周辺の既存建物を改修した施設となる。空き家の利活用と、周辺の回遊促進、来街者の滞留機能の確保など、複数の課題の同時解決を目指した。23年12月には新たに「トキワ荘マンガミュージアムサロン」も開設。空き店舗に飲食店や情報発信・交流スペースを入れた。来街者がくつろぎながら、さまざまな情報に触れられる新たな拠点となる。
漫画やアニメは日本が世界に誇るコンテンツ。建設産業やインフラ施設とコラボレーションして魅力を再発信したり、既存の地域資源と組み合わせて地域課題を解決したりできる可能性はかなり大きい。関係者による先進的な取り組みに、全国から期待が高まっている。