建築へ/新刊『建築家はいま何を考えているか』、著者・六鹿正治氏(建築家)に聞く

2024年8月30日 論説・コラム [14面]

文字サイズ

 ◇複雑な社会課題に対し最適解を提案/求められる二つの”3要件”とは
 多くの市街地再開発事業などの設計を手掛け、日本設計社長や日本建築家協会(JIA)会長を務めた建築家の六鹿正治氏が、日刊建設工業新聞社から『建築家はいま何を考えているか』を出版した。環境や保存再生、都市・まちづくり、災害対策、SDGs(持続可能な開発目標)など、現代の主要なテーマを分かりやすく解説する。六鹿氏は「複雑な社会課題に対し、最適な解決策を提案していけるのが建築家であり、その役割は一段と重要性が増している」と話す。
 --本書を企画、執筆した狙いは。
 「建築家としてこれまで、大きく三つの時代を経てきた。一つは設計事務所に入り、プロジェクトを中心となってまとめていくプロジェクトアーキテクトとしての時代。次にこうしたアーキテクトを束ねながら、組織全体をマネジメントしていく時代。そしてJIA会長に就き、環境や保存再生、国際的な課題など、建築家全体と社会との関係について取り組んだ時代の三つだ」
 「中でもJIA会長としての6年間の活動を通じ、一般社会および国際社会との関係の中で建築家を捉えられたことは非常に大きい。テーマごとにその時々の考えを機関誌などに書いてきたが、今までの経験や知見がこれからの建築家に少しでも参考になればと書籍にまとめた。読者には建築家は何を考えているのか、建築家は何を考えなければいけないかが分かっていただけるだろう」
 --建築家が考えるべきことの基本とは。
 「第1章で書いているように、建築家が考えるべき基本的なこととして2種類の3要件がある。一つはローマ時代の建築家・建築理論家であるウィトルウィウスが初めて文字にしたといわれる、壊れにくい、使いやすい、美しいことの3要件。この『強・用・美』は不変であり、古典的3要件と呼べる。だが現代はこれだけで建築がうまく成り立つわけではなく、ビジネスとしての要件も加わる。つまりクライアント、建築家、社会それぞれからの要件を満たす建築をつくることが必要で、これをビジネス3要件としている。こうした視点に立ち、建築家がクライアント、社会から何を求められているかについて明快に理解できるように構成した」
 --広範なテーマを取り上げている。
 「例えばSDGsの内容を初めて読んだ時、これは建築とも関わりが多く、しっかり対応していかなくてはいけないと考えた。SDGsは日本の建築関係者が世界中のあらゆる分野の人たちとコミュニケーションを図ることができる、ある意味での共通語とも言える。さらに日本では政府から2050年にカーボンニュートラル(CN)を実現させる具体的な目標が示された。JIAとしてもSDGsやCNに建築家がどう貢献していくかについて検討を重ね、フォーラムの開催や提言などの活動を行ってきた。本書ではこうした経緯や具体的な内容にも触れている」
 --建築家を志す学生が得られるものも多いのでは。
 「大学などの建築教育では、学生たちが建築について広くゼネラルに学んでいる。社会に出て専門特化していくと、その分野以外のことに視野を広げられなくなる懸念も拭えない。建築家や建築関係者、これから建築の道に進む人たちも今知っておくべき課題を通覧できるのが本書であり、環境の持続可能性や都市・まちづくり、建築防災と都市防災、戦後モダニズム建築の保存再生、建築家の仕事の経済的な価値と社会など、各テーマについて分かりやすく理解できるようまとめている。読んでもらえたらそれぞれの分野の専門家とも方向性を間違えることなく議論できるだろう」
 --これからの建築家像をどう考える。
 「建築家は決まった敷地など与えられた条件の下で設計するというだけでなく、もっと上流の土地利用や条件づくり、完成後の運用といった総合的なコンサルティングの仕事もどんどん増えている。そういう中で、建築家には専門性を磨きつつ、社会に対する感度をできるだけ鋭くし、いろいろな動きをリードしていってほしい。多様なものを総合し、環境的、物理的なものを含めて社会の変化に対応できる提案につないでいくのが建築家だ。デジタルの時代になってもこの役割は変わらないし、社会的課題がより複雑化して見えにくくなっているからこそ、ますます大事になっている」
 「建築に携わっていない方々には、建築家が美しい、使いやすいなどといった建築そのものの設計にとどまらず、広範な社会課題についても考えていることを知ってほしい。そして建築家と一緒になって社会課題を解決する方向へ進んでいただけるよう期待したい」。
 (ろくしか・まさはる)1948年京都市出身。東京大学工学部建築学科卒、同大学院修士課程修了。プリンストン大学建築・都市計画修士課程修了(フルブライト奨学生)。エーブレス・シュワルツ・アンド・アソシエイツ(ニューヨーク)、槇総合計画事務所を経て、78年から日本設計勤務。社長、会長を経て、2016~22年JIA会長。慶応大学、東京大学、京都大学などで建築教育に関わり、現在、京都工芸繊維大学客員教授。

 □目次□
 1章:建築家が考えるべき3要件とは
 2章:建築と環境
 3章:建築が全寿命で出すカーボンとは
 4章:建築防災と都市防災
 5章:グリーン・リカバリー
 6章:まちづくりと都市デザイン
 7章:建築はなぜ壊されるのか
 8章:建築の保存再生が成功する条件は何か
 9章:建築とSDGs
 10章:建築家の仕事の経済的価値と社会

同一ジャンルの最新記事


2024年8月28日 [1面]

2024年8月27日 [1面]