2025新年号/自然災害の教訓と対応、名古屋大学名誉教授・福和伸夫氏

2025年1月1日 特集 [4面]

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 ◇自律分散型のまちづくりを/軟弱地盤想定した制度設計必要
 能登半島地震の被災地では軟弱地盤に立つ多くの建物が被害を受け、基礎部の耐震対策が課題として浮き彫りになった。過疎化に伴い空き家を物置などとして使っている建物の被害も目立ち、こうした被災状況は日本の将来の姿とも重なる。復旧・復興の担い手である建設業の空白地帯も生まれつつある中、大規模地震が発生すれば被災地の再建はままならない。地震工学と地域防災を専門とする名古屋大学の福和伸夫名誉教授に今後のまちづくりの方向性などを聞いた。

 □過疎地や軟弱地盤で被害大□
 能登半島地震の特徴は過疎化している地域で発生したことだ。この地域の人口は1985年と比べ2020年には約61%まで減少している。石川県輪島市や珠洲市ではもともと空き家などを物置などとして使う「非住家」の数が多い。被災した建物数も非住家が住家を上回っている。日本の将来の縮図と言える。
 輪島市などでは住宅やビルの沈下、傾斜が発生した。原因は明確で、軟弱地盤に立っているからだ。RC造7階建てのビルも杭基礎の損傷により倒壊した。杭の耐震設計は01年に義務化された。だが、対象は中小の地震動で、大地震動には耐えられないだろう。
 今後も軟弱地盤に建物を建て続けるのであれば、建築基準法を見直さないといけない。建築基準法は安全の最低基準で、建物がどの地域にあろうと、同じくらいの揺れを想定している。当然だが軟弱地盤に立っている建物はよく揺れる。高さのあるラーメン構造(柱と梁で建物を支える構造)の建物の揺れは大きくなる。基本的に軟弱地盤に建築物を建ててはいけない。
 防災力を高めるためには事前に災害に強いまちを構築する「防災まちづくり」が重要になる。今は被災した後に防災まちづくりに取り組んでいるケースが多い。被災前から復興計画を策定する必要がある。

 □沿道建築物の耐震化不可欠□
 神・淡路大震災を契機に、救助や物資供給を円滑に行うため緊急輸送道路が設定された。この道路を機能させるためには沿道建築物の耐震化が欠かせない。法令の改正により基準を満たさなくなった「既存不適格建築物」の耐震化率は東京都では約42%だが、東京都以外は約20%だ。耐震化が進んでいるとはいえない。
 建築主は建設した当時の法律を守っている。法改正によって安全基準が変わるのであれば、行政が責任を持って全ての建物の耐震診断費を補助し、結果を公表すべきだろう。開示した結果を踏まえ、耐震化に公費を投入すべきか国民による議論が求められる。
 震災後の道路閉塞(へいそく)防止の点では無電柱化も進められている。だが工事にはかなりの費用がかかり、実施できる自治体は限られるだろう。地中に入れた電線などが地震によってもし断線した場合、どう復旧するかが課題として残る。上空に再び架けるより困難になる可能性がある。液状化が予想される「海抜ゼロメートル」地帯で電線を地中化して本当に大丈夫なのか再検討が必要だ。
 能登半島には約12万人が住んでいたが、南海トラフ地震で被害が想定される地域にはその500倍の約6000万人が居住している。経済被害はニ百数十兆円に上る。想定される被災者や全壊する住家の数、経済被害は能登半島地震とは比べものにならない。
 災害時の復旧・復興を担う建設業は人手不足が深刻化している。南海トラフ地震では約240万戸が全壊すると想定されている。建設会社がない地域もある。発生した後の対応には限界があるだろう。
 今後は自律分散型のまちづくりが重要になる。ヒントは能登半島にある集落で、湧き水があり、プロパンガスもある。トイレはくみ取り式で浄化槽も完備。畑や保存食もある。あとは家を耐震化し、再生可能エネルギーを使えるようにして、通信システムも設置すれば1、2カ月は暮らせる。それは個々の家でなくてもいい。一つの集落、一つの町ごとに自律分散化すればいい。
 同時に建設業を豊かにしないといけない。古い建物に限らず、幅広く建物の耐震性を引き上げるなど被害軽減に向けてやれる仕事は多い。建設産業の体力もつくだろう。

 □自分事として対策を□
 日本は基本的には自然と折り合いを付ける文化を持っていた。いつ災害が起こるか分からないため、かつての集落は安全な場所にしかなかった。だから防災まちづくりは当たり前のことだった。
 1959年の伊勢湾台風の後に治水対策が進み、高度経済成長期には大きな地震も発生しなかった。安全よりも経済性を優先させれば当然被害は大きくなる。本当はそういう時にこそ次の災害に備えないといけなかった。ただ幸いにも大都市圏を直撃する大地震はまだ起きていない。
 大都市圏の人たちは他の地方で起きた災害を自分事だとして対策しないといけない。

 □中央防災会議WG/能登半島地震踏まえた災害対応を提言□  
 中央防災会議(会長・石破茂首相)の「2024年能登半島地震を踏まえた災害対応検討ワーキンググループ」(WG、主査・福和伸夫名古屋大学名誉教授)は、地震の教訓を生かした災害対応の在り方に関する報告書をまとめ、24年11月26日に坂井学防災担当相に提出した。政府に対する提言としてインフラの強靱化だけでなく、災害に応じる行政や民間の多様な主体の活動環境と処遇改善を求めた。緊急活動や復興への備えも列挙した。
 同1月1日の発災直後から、厳冬期の緊急対応に行政の応援職員や建設会社の作業員などが奔走した。WGの報告書は、国土交通省のテックフォース(緊急災害対策派遣隊)と共に活動する専門性のある主体が、対応に専念できる環境整備の検討を提案した。「災害対応部隊」としての位置付けを明確にする必要もあるとした。
 被災を想定した「事前復興まちづくり計画」を策定したり、「事前防災まちづくり」を推進したりすることも要請。上下水道のように復旧・整備に人口減少を踏まえた対応が必要と指摘した分野もある。
 「能登半島の先の市町を日本全体で支えたが、南海トラフ地震が起きたら国民の半数が被災する。重く受け止める必要がある」(福和主査)。教訓を生かし、大規模災害への備えに総力戦で臨まなければならない。