2025新年号/ART×新たな伝承の形、NPO法人スターズアーツの活動事例

2025年1月1日 特集 [20面]

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 ◇被災の「自分ごと化」にエンタメ活用/演劇手法で証言、受け手の想像力喚起
 阪神・淡路大震災からまもなく30年がたち、東日本大震災からは14年が経過する。実際に体験した人が減り、記憶が遠くなりつつある一方、自然災害の激甚化はとどまる気配を見せない。地域の歴史や震災の記憶を後世に伝える上で、受け手の想像力を喚起して被災を「自分ごと化」する取り組みが一層求められる。NPO法人スターズアーツ(東京都港区)は、被災証言と演劇的手法を掛け合わせた、新たな伝承の形を長年模索している。同法人の本宮透雄理事長に話を聞いた。
 □川上の段階から被害を軽減できないか□
 2011年の東日本大震災では、両親が亡くなって生活基盤を失ったり、資金のめどが立たなくなったりして、教育機会を失う子どもが多くいた。日本大学芸術学部に勤務する本宮氏は同6月に任意団体を設立。募金を教育支援の団体に送金する活動に着手した。ただ支援を続ける中で「あと30分早く逃げれば、あの子の両親は助かったのに」といった思いを抱く機会も多く、「目の前のことだけでなく、もっと川上の段階から、防災意識の醸成のような形で被害を軽減できないか」と考え始めた。
 13年に東北大学災害科学国際研究所が運営する被災証言アーカイブ「みちのく震録伝」に出会った。東日本大震災に関するあらゆる記憶や記録、事例を集め、関係機関に知見を提供している。「単に被災したことを訴えるのではなく、『どうしてこういうことが起きたのか』とか『今後はどうすればいいのか』といった、示唆にあふれた被災証言があった」と本宮氏。「大きな刺激を受け、思っていたところにリンクした」という。
 その後は演劇の構成作家をはじめ同学部の人脈を生かし、アートの力を使って被災証言をより効果的に伝える手法を模索した。「例えば『忘れてはいけないあの日』と言われることがあるが、被災地の人にとっては『忘れるわけがない日』だ。その乖離(かいり)を埋め、被災者と被災者でない人が分かり合うためのコミュニケーションを生み出すことが大きなテーマだった」(本宮氏)。
 模索を経て被災証言に演劇や音楽といったエンターテインメントを織り交ぜ、防災意識の向上につなげる表現手法を編み出した。被災証言だけでなく災害に関する学術的な視点や、復興まちづくりへの受け止めといった要素も加え、見る人に多角的な思考を促す。本宮氏は新たな表現手法を、「さまざまな要素を取り入れ、一音一音に意味を持たせて言葉を紡ぐ活動」だと定義している。
 13年に東京都渋谷区で、初めて被災証言を取り入れたイベント「forever~決して忘れてはいけないあの時~」を開催。長年任意団体として活動していたが、継続的な活動実績が認められ、22年にNPO法人として国に認証された。最近では23年8月、文京シビックホール(東京都文京区)で「Forever 決して忘れてはいけないあの時2023 刻(キザム)」を開催。約600人の観客を集めた。

 □300通りの感じ方300通りの気づき□
 文京区のイベントは約300人収容の会場で2回開催した。各回1・5時間程度で、アーカイブから提供を受けた6~8分程度の被災証言を、それぞれ異なる俳優が読み上げていく。特徴的なのが「進行役」の存在だ。「被災地に実家がある主人公が『当時のことを見つめ直したい』と帰郷し、各地を転々と回りながら証言を聞く」というストーリーで多数の被災証言をつなげた。
 音楽やスクリーンの映像も効果的に織り交ぜている。23年のイベントでは21年の東京パラリンピック閉会式でギターソロを務めた義手ギタリストのLisa13さんがギターを演奏。琴やビオラ、ピアノといった楽器も取り入れ、朗読を彩った。演奏家にはあえて譜面を渡さなかったという。朗読に合わせて音の高低を変えたり、テンポを調整したりして、朗読が最も効果的に受け手に届くよう工夫してもらった。
 本宮氏はイベントの最大のテーマを「没入感」だと表現する。「観客にその日に自分が行ったような気にさせ、心を揺さぶり、考えてもらうということにチャレンジした」。約300人収容の会場で「300通りの感じ方、300通りの気づきがあったようだ」と見る。
 「終演後のロビーでは『自分だったらどうする』といったことを話し合う観客の姿を多く見かけた。朗読会なのかシンポジウムなのか分からなくなるような、多くの交流が生まれた」と本宮氏。次回は24年度中に、300~500人規模のホールで同様のイベント開催を計画している。
 
 □「生きるすべ」の見直しにつなげて□
 観客の意識を被災証言に没入させ、思考を促した狙いは「『生きるすべ』の再確認」にあるという。11年の震災の際は、過去に津波が来なかった経験から避難を取りやめたり、物珍しさから海沿いに津波を見に行ったりして亡くなった人もいた。それが教育機会を失う子どもを多く生む結果につながった。
 日本では防災面でも治安の面でも、一定の安全が保たれている。ただ本宮氏は「その中で経済を合理的に回していくことが最優先されるため、こぼれ落ちてしまっている物がたくさんあるのではないか」と見る。被災の追体験を通じ、「被災地だけでなく、社会全体が見落としてしまっている『生きるすべ』の見直しにつなげてほしい」と願う。
 エンタメには演劇をはじめ音楽や映画、漫画などさまざまな手法がある。どれにも見る人を世界観に没入させ、人の心に訴えかけて思考を促す力を持つ。本宮氏は「発信力」の面でも、エンタメには強みがあると捉えている。
 「スタートの段階で、(気持ちに)火を付けるという点ではエンタメが一番いいと思う。火が消える人も入れば、爆発して燃え上がり、長年活動を続ける人もいる。いずれにしてもアートは、その発火点として一番有効になりうる」と考えている。
 エンタメは教訓の自分ごと化にとどまらず、受け手に感動を与え、実際の行動に促すようなパワーを持っていると言える。東日本大震災以降にも、16年の熊本地震や24年の能登半島地震など大規模災害が相次ぐ。こうした中、ソフト面の取り組みとしてエンタメが必要とされる機会は一層増えていきそうだ。