◇大地震や気候変動の被害克服へ
日本の歴史は、自然災害の克服に向けた歴史でもある。30年前の阪神・淡路大震災以降、都市部を含めて地震の脅威が再認識され、気候変動の影響による豪雨災害への危機感も多くの市民に共有されてきた。災害の度に被害状況を検証し対策を講じることで安全・安心の確保につなげてきた。事前の防災・減災や事後の復旧・復興を支える法制度の整備など、過去の災害を教訓としたハード・ソフト対策の軌跡を振り返る。
2024年は能登半島を地震と豪雨が襲い、住宅・建築物や土木インフラに甚大な被害をもたらした。一方、これまで進めてきた耐震対策などが一定の効果を発揮したという側面もある。1995年の阪神・淡路大震災以降に強化された耐震基準で新設・補強された木造住宅や道路橋梁などには、ほぼ被害がなかったことが報告されている。
阪神・淡路大震災の教訓を踏まえ同年制定された耐震改修促進法は、その後の改正で対象範囲の拡大や規制強化が段階的に進められた。震災はビルや病院、公共施設で免震構造の導入が急増する契機にもなった。神戸市内で発生した市街地火災をきっかけに密集市街地整備法が97年に制定され、延焼防止や避難路確保に向けた「防災街区」の整備事業が全国各地で進んだ。
2004年の新潟県中越地震などでは盛り土で造成された宅地で滑動崩壊被害があった。国は06年の改正宅地造成等規制法で「宅地耐震化推進事業」を創設し、大規模盛り土造成地の滑動崩落防止事業を支援。東日本大震災以降は宅地の液状化防止事業もメニューに加えた。09年の駿河湾地震などを踏まえ道路土工構造物の締め固め基準が引き上げられ、それ以降に供用した道路は能登半島地震で大きな被害を免れたことも確認されている。
11年の東日本大震災では、津波被害が人々に衝撃を与えた。国は津波防災対策としてハード整備とソフト対策を組み合わせた「多重防御」で被害を最小化させる減災の考え方を提示。南海トラフ地震や日本海溝・千島海溝地震で被害が想定される地域では、市町村の避難路や避難タワーの整備などを特措法に基づき財政支援している。ハード対策では、壊れにくい上に完全に壊れるまで時間を稼ぐ「粘り強い構造」の海岸堤防や河川堤防の整備が進められることになった。
震災後の復興では、高台への住宅移転で「防災集団移転促進事業」が多くの地域・集落で活用された。国は能登半島地震の復興支援の一環で同事業の制度改正を計画しており、移転先住宅団地の規模要件の見直しや市町村への財政支援の強化で円滑な事業実施を後押しする考えを示す。
相次ぐ大規模災害を受け、13年には議員立法で国土強靱化基本法が制定。事前防災の必要性がフォーカスされ、地方自治体で国土強靱化地域計画の策定が進んだ。
直近10年は大型台風や線状降水帯が多発した。過去に水害をあまり経験していない地域を含めて毎年のように被害があり、気候変動への危機感が大きく増した。大規模地震も重なった18年に国は重要インフラの緊急点検を実施。これを踏まえ緊急的な対策を集中実施するため「防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策」がスタートした。
国はあらゆる関係者が協働する「流域治水」への転換も打ち出したほか、過去の降雨や潮位の実績に基づいていたインフラの設計基準や整備計画を気候変動による外力増を考慮し見直す方針も掲げた。これに沿った河川整備基本方針の見直しを21年から順次開始し、各河川で洪水防止の目標となる「基本高水」の流量を引き上げている。港湾分野でも防災・減災の共通目標を関係者でつくる「協働防護」の推進に向けた検討が進む。
21年に静岡県熱海市で発生した土石流災害をきっかけとした盛土規制法の制定も記憶に新しい。都道府県などによる許可制の導入など盛り土行為の規制に加え、建設発生土の搬出先を明確化する措置も併せて講じられた。
23年の国土強靱化基本法の改正では「実施中期計画」の策定を法制化し、対策の継続性に裏付けができた。国の24年度補正予算には、能登半島などの災害復旧・復興や「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」の最終年度分の費用が盛り込まれた。災害の脅威が増す中、さらなる対策強化が求められる。