建築へ/建築家・坂茂氏に聞く、美しい物を造るだけで良いのか-

2025年1月10日 論説・コラム [16面]

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 建築家の坂茂氏が、2024年に高松宮殿下記念世界文化賞(日本美術協会主催)を受賞した。国内外でボランティア活動に取り組み、現地の人や若者ら多様な人と連携してきた坂氏。まもなく発災から30年となる阪神・淡路大震災などでの試行錯誤を経て、活動の場が広がっている。権力や資力を持つ相手だけに向くようでは、建築家の存在価値がない--。そうした問題意識が原動力になっている。
 □社会要請の変化□
 坂氏は同11月18日に東京都内で開かれた受賞記念会見で、これまでの活動を振り返るとともに、今後の展望を語った。ボランティア活動の本格的な始まりは、1994年のルワンダ難民キャンプだった。難民キャンプのシェルターがあまりにも貧しいと感じ、国連に再生紙の紙管を用いたシェルターを提案した。80年代から開発を始めていたものの、バブル時代には注目を浴びなかった。だが、大規模な森林伐採など環境問題に対する関心が高まるタイミングと重なっていたこともあり、ルワンダで採用に至った。
 2022年2月からのロシアによるウクライナ侵攻では、避難した難民のためにプライバシーを守る紙の間仕切りシステムを提供した。「スペイン南部でも津波が起きている。(提供先が)ここまで広がると予想していなかった。これからも収まる傾向ではない」との見解を示す。
 社会の変化は建築家の意識に大きく影響している。「世界中の建築家が災害支援に興味を持っている。若い人は世界の現状を危惧していて、建築を学んでいなくても自主的に提案してくれる」。ただ、「期せずして良い状況になっているが、それだけ深刻になった証」ともみる。
 □対立軸ではない□
 難しさも痛感している。「その国や地域の状況も気候も生活スタイルも、地元で手に入る材料も、災害によって違う。標準的な回答はない」と言い切る。だからこそ、地元との連携が重要だという。「自分で行って地域の大学の先生や建築家、学生とチームを作る。まずは独自の文化や材料を学ぶ。地域性や使われる素材を学ぶことは全ての仕事に役に立つ」。
 1995年1月の阪神・淡路大震災では、スタッフ2人を現地に常駐させて支援に当たった。通常業務に支障が生じ、トラブルも起きたそうだ。「問題だらけで二度とやりたくないと思った。経営的にも体力的にも精神的にも大変だった」にもかかわらず、ボランティア活動は止めなかった。徐々に認められるようになり、世界中の被災地から支援を求める声が寄せられるようになる。
 「もともとは普段の仕事と災害支援を両立させたいと思っていたが、対立するものではない」というのが現在の認識だ。「お金持ちの住宅も仮設住宅も造るが、興味やエネルギーは全く変わらない。単に設計料をもらえるかもらえないかだけで、両方の仕事の境がなくなっている」。通常の仕事と被災地支援の仕事が、互いに影響をし合っているという。
 □アンチテーゼ□
 2024年1月に起きた能登半島地震の被災地の復興支援にもこれまで同様に取り組んでいるが、変化もある。「今までは仮設住宅を造っているだけだった」と言及した上で、「素晴らしい民家が地震でつぶれていて、粉々にしてごみになっている。本当にもったいない」との思いを吐露した。
 注目した一つが石川・能登地方で長く使われてきた「能登瓦」だ。「能登瓦があって重いから(建物が)つぶれたと勘違いしている。復興時に素晴らしい能登瓦を使う家がなくなってしまう」(坂氏)との危機意識から、チームを編成して、再利用に向けた回収作業を進めている。半壊した住宅への思いも同じだ。「半壊でも使える物を移築し、再利用して旅館にすると仕事ができる。そういうことを仕掛けている」と語る。
 受賞者が一堂に会した共同会見で特に印象的だったのは「美しい物だけを造っているわけではない」との発言だ。続いて開かれた単独会見で「素晴らしいアーティストが造れば美しいのは当たり前だ。美しいとアートとして価値はあるが、意味が十分ではないと感じ始めている」と説明した。
 それは建築家の姿勢に帰着する。「財力や政治力を持っている特権階級の人が、(その力を)社会に見せるための仕事を(建築家は)歴史的にやっている。お金持ちや政治家の仕事だけでは、社会的な役割を果たしていないのではないか。建築家が仕事をする価値がないのではないか」--。混迷の世紀になりつつある今、多くの生業に通底する投げ掛けと言えよう。
 □国会から未来へ□
 坂氏が中心となって、首都機能を移転しながら地方創生を進めるプランを検討し、昨年に書籍『動都 移動し続ける首都』(平凡社)を出版した。「国会議事堂は全く耐震基準に合っていない。(耐震化は)いったん止めた方が安くできる」との問題意識からのアイデアだ。「仮設の首都を主要都市に造って、デジタルインフラを整える。コンベンションセンターがある所に移っていけば良い」と呼び掛けた。
 最後には経済企画庁(現内閣府)長官などを務めた堺屋太一氏が亡くなる前に出した書籍『三度目の日本 幕末、敗戦、平成を越えて』(祥伝社)に言及した。「(幕末と敗戦に続く)3回目のグレートリセットが日本に必要だ。一極集中への防災対策にもなる」と指摘した。
 □スケッチは心につながる/イラスト集出版
 40年以上に及ぶ建築家人生で書きためたスケッチ集を出版した。坂氏は世界的建築家となった今も、手書きのスケッチを描いている。「コンピューターは脳につながっている。スケッチは心につながっている」(坂氏)との思いが伝わる一冊だ。