◇前向きによそ見しながら綴る
「夢を見ること」は誰でもできる。「夢を叶えること」はその人自身の努力次第。運もあるかもしれない。では「夢をつなぐこと」とは?タイトルを見て、著者の伝えたいこと、意図は何なのか、考えながら読み進めた。
本書は安井建築設計事務所社長の佐野吉彦が綴(つづ)った論考を厳選してまとめたものである。それぞれの論考は見開き1ページでまとめられており、建築を専門としていない一般の人にとっても読みやすく、エッセー風に仕立てられている。
佐野は2005年から事務所のウェブサイトで週1回のペースで連載「建築から学ぶこと」を続けてきた。過去にそれらをまとめた書籍『建築から学ぶこと』『つなぐことで、何かが起こる』が出版されているが、3冊目に当たる本書はこの12年間に執筆した論考を四つの章に分類し、再編集している。
1章「建築にある使命」は、建築家として、組織のリーダーとしての想いを綴ったものを中心に取り上げている。2章「想像力を喚起するために」は、地域のこと、まちのことなど建築を取り巻く環境や文化について述べている。3章「課題の中に未来がある」は、自然災害、環境問題、コロナウイルスのまん延、働き方改革など、現代社会が直面する諸問題に照射し、未来を語っている。4章「新しいページをめくる」は、BIMやデジタル化の導入など世界の最新動向を見据えた視点で次世代のあり方を考察している。そして章と章の間に「夢のつなげ方」と題した論考が四つ収録されている。
安井建築設計事務所は創業者安井武雄から女婿・佐野正一、そして佐野吉彦へとバトンをつなげてきた。24年は創業100周年に当たり、過去と現在、そしてこれからの未来へつなげることに対して、より強く意識した年だったであろう。
本書によると、どの時代のリーダーも共通して「前例のないこと」に果敢に挑み続けてきた。それぞれの時代によって「前例のないこと」の内容は異なり、建築家の性格等によってそれに取り組む姿勢やプロセスも異なる。佐野吉彦は特に「何かと何かをつなげること」にたけていた。それは「人と人」だったり、「過去と現在のデザイン」だったり、時には具体的なモノではなく「目に見えないもの」だったりする。今回の「夢をつなぐこと」もそうだ。
それでは「夢」とは一体何を指すのだろうか?おそらく、安井武雄、佐野正一、佐野吉彦らが夢みて挑戦してきたものは「建築の持つ力を最大限に発揮させること」なのではないだろうか。いずれの建築家も建築は社会を変える力を持っていると信じて、「前例のないこと」に挑んできた。つまり各リーダーは共通して「建築を信じる心」を持ち合わせているのである。
建築によって人やまちが元気になり、そうすることで社会全体が豊かになる。人が安心して暮らしていくための明るい未来の実現にはどうしたらよいのだろうか?いま建築家が果たすべき使命や役割は何だろうか?著者はそうした「問い」に対する「答え」を常に模索し続けてきた。そして建築分野だけでなくその周縁にある社会の動向を好奇心旺盛に「前向きによそ見」しながら、日々の関心事として「建築から学ぶこと」に論じてきた。
そして会社が創業100周年を迎えたいま、自分が受け継いできた先人たちの願いや夢を整理し、次世代につなぐためのバトンとして本書をまとめたのではないだろうか。夢は叶えたら終わりであるが、つなぐことで続いていく。本書は著者・佐野吉彦の夢や願いを託した1冊であり、建築家としての「問い」はこれからも続いていく。