スコープ/日本工営が打音検査の技術継承にアプリ活用、音の特徴を数値化

2025年4月16日 技術・商品 [12面]

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 日本工営が、ミドル世代の技術者不足や働き方改革に対応する技術継承ツールを開発し、業務に取り入れている。岩石などをハンマーでたたいた音で品質を判断する打音検査で、音の特徴を数値化するアプリケーション「DAOOON」を開発し現場で活用。さらに数値を生かしたAI判定アプリや、打撃音に熟練者の判断を織り込んだシステムの開発も進む。ベテランが感覚的に伝えてきた「暗黙知」を可視化し、若手に引き継いでいく。
 1990年代後半~2000年代前半の就職氷河期の影響で、40代前後のミドル層が手薄な年齢構成の企業は多く、日本工営も例外ではない。「技術者のボリュームゾーンである50~60代の『暗黙知』は膨大だが、今のままでは若手にバトンを渡しきれない」。そう危機感を募らせるのは、DAOOONの開発責任者で同社中央研究所先端研究センターAI研究室の古木宏和スペシャリスト。入社20年目のミドル世代で、若手の指導も多く経験してきた。
 建設業の「2024年問題」に先駆け、建設コンサルタント業界は19年から時間外労働規制が適用されている。古木氏は「私たちの世代より、(若手は)スピード感を持ってベテランの技術や感覚を身に付けなければいけない。社会貢献といった建設コンサルタントの本質に向き合うだけのベースを築いてほしい」と話す。
 岩盤や擁壁の強度や乾湿状況を測る打音検査は、とりわけ技術者の感覚に依存する部分が大きい。質が良い石をハンマーで打つと「キンキン」と金属音がし、悪い石は「ボコボコ」と濁音が響く。金属音と濁音の度合いを耳で聞き、石の良しあしを決めていく。
 ベテランや中堅の技術者は「現場で音を聞き比べ、感覚を体にたたき込んだ」と古木氏は振り返る。残業規制などにより実地で学ぶ時間が限られる中、若手には「感覚を数値で表せる補助ツールが必要」と考え、開発に取り掛かった。
 DAOOONアプリをインストールしたiPhoneの前で岩石をたたくと、音の周波数が波形のグラフで表示される。グラフは横軸が時間、縦軸が振幅。品質が良い石は800~1500ヘルツ、悪い石は100ヘルツ前後といったように振幅で岩石の状態を判断する仕組み。100件の音データを3秒弱でグラフ化できる。
 GPS(衛星利用測位システム)とひも付け岩石の材質の分布が一目で分かるのも特徴だ。古木氏は「これまでの検査では石を300回たたいていたが、DAOOONを使えば10回に減らせるようなイメージだ」と手応えを語る。
 DAOOONは同社が手掛ける擁壁の調査業務4件で使われている。「音を使った検査はコンクリートや鉄鋼、木材などさまざまな素材で行われており、その全てで使える」(古木氏)。鉄道や建築などの調査にも応用できると見ている。
 適用場面をより広げるため、AIや3Dデータと組み合わせた機能改良にも取り組んでいる。ある現場では岩石を打つ音ごとに、1人の熟練技術者による良しあしの判断をラベルとして付与。このデータをAIに学習させ、AIが判断するツールをつくる。
 AI研究室の菅田大輔研究員は「(将来的に)若手、中堅、熟練層と、さまざまな年齢の技術者の判断サンプルを反映させたい」と語る。5~10人分の判断パターンをAIでつくり、それらで多数決を取って公平な判断に近づけていく。
 目視での材質判断を数値にできるようなシステムの構築も検討中。現場で岩肌の目視検査などを行う技術者にヘッドマウントディスプレーを装着してもらい、視界の3Dデータを共有するような形を想定している。
 AIや3Dデータに関わる技術は日進月歩で進化していく。「早ければ1年、遅くとも3年くらいで開発しなければ、現場のニーズに追い付けない」と菅田氏。現場感覚の可視化に向け、DAOOONと新技術の連携を急ぐ。
 古木氏は「DAOOONが蓄えたクオリティーの高いデータを、若手の気付きにつなげていきたい」と将来を見据える。「石をたたいた時の自分の判断と、AIツールの判断が異なる時に『AIはなぜそう判断したのか』を調べれば、それが本人の学びになる」。ベテランの知見を継承するだけでなく、新しい発想につながるツールとしてDAOOONを進化させていく。