小説家の大原富枝さんは1940年代初めに上京すると、千葉県銚子市の犬吠埼を訪れた。都内のアパートから遠いかなたの落雷を見て関東平野の広大さに思いが至り、その果てにある犬吠埼に矢も盾もたまらず行きたくなったのだという▼当時目にした岩礁の上に高々と立つ灯台をこう表現する。〈隔絶した孤独に堪えて屹立(きつりつ)する灯台の姿に、言葉につくせない寂寥(せきりょう)と高貴さがあった〉(随筆「犬吠埼」)。昔から船の安全を守るだけでなく、人の心に強く印象づけられる海のインフラが灯台と言えよう▼日本財団「海と日本プロジェクト」の一環で、全国の灯台を擬人(キャラクター)化する「燈(あかり)の守(も)り人(びと)」プロジェクトが2020年に始まった。マンガやボイスドラマなどで灯台の多様な魅力を伝える▼そうした取り組みも含めて灯台に行きたくなる情報満載の一冊が『日本灯台物語』(東京ニュース通信社)。写真家・灯台研究家の岡克己氏が著した▼犬吠埼灯台は20年、重要文化財に指定された。大原さんが初めて見た頃と周囲のたたずまいは変わったかもしれないが、今も日本を代表する美しき灯台には多くの人が訪れる。